アニメ・漫画, 旅行

日本: 第10日~第12日

第10日

やっと広島に来ました。日本の各町は自分の特徴、自分の魅力がありますが、やっぱり私にとって広島はベストです。東京、大阪などほど大きくなく、忙しくなくて、ペースはもっと遅いような気がします。

そういっても、私が広島に住んだ時から、街並みはちょっと変わっています。具体的に言うと、広島駅の周辺は今、違う街にみえます。高級なお店やホテルが前より多くなっています。私がいつも使ったバス停のとなりにあったパチンコがなくなりました。また、昭和時代にみえた路地が完全に消えてしまっています。おそらく、このエリアを再開発することで、政府は観光者を引こうとしていますね。しかし、広島の特徴が失われると、悲しいことだと思います。

いずれにせよ、広島での滞在を大変楽しめました。広島に着いてすぐに本通アーケードに行って、新しいお店を発見しました。例えば、今「Melon Books」と「animate」が本通にあります。あそこで同人誌2冊、小説1冊を買いました。

買った同人誌はR18ではありません。(笑)

第11日

翌日、志ちゃんという友人に会って、現地のイオンモールで遊びました。昼食を食べたレストランは、パンが食べ放題でした!!5、10パウンド太った後、幽霊屋敷に入ろうとしました。(みんなもう知っていると思いますが、私は幽霊などがだ〜い好きです。) 残念ながら、幽霊屋敷を入るのに、長い時間を待つ必要がありました。なので、諦めてカラオケをしに行きました。

カラオケ施設の隣にペットショップがありましたので、あそこも遊びました。そうしたら、面白いペットの仮装を見つけました。

日本でペットを悟空のように着せることができますね。少し羨ましいんです。

夜に元マネージャーと一緒に食べに行きました。マネージャーは2人を連れて行ってくれました: 英会話学校の現在マネージャーの丘さんと私の元生徒のチちゃん。私は英会話学校で働いた時から、チちゃんは大学を卒業して同じ英会話学校で働き始めました!よくやったね、チちゃん。先生は嬉しいよ。(笑)

外食したレストランでは、5杯のレモンサワーを買うと、無料でもう一杯を取れました。グラスに入ったレモンを重ねる必要があったかどうか分かりません。

楽しい1日でした!最初から最後まで日本語を使いましたので、後でよく寝られました。

第12日

今日、リラックスしたばかりでした。

海の日という祭りでしたので、インターネットで特別なイベントがあったかを調べました。そうしたら、呉市のマスコットの「呉氏」のために誕生日パーティーが行われるのが分かって、行こうと思いました。

呉氏は3年ほど前に呉市のマスコットになりました。他のマスコットと違って、動物ではなく、文字です。以下に呉氏の写真を投稿します。

「呉氏Junior」という子供ダンス倶楽部も写真に写っています。呉氏の誕生日のために、特別な演奏をして、終わりに誕生日カードを呉氏にくれました。呉氏は喜んだようです。

フーラの演奏とヒーローショーもありました。登場したヒーローは広島の現地ヒーローのメイプルカイザーでした。夫はアメリカにも現地ヒーローがいればいいと思いますが、果たしてアメリカでそんなことがぴんとくるか自信がありません…

呉から戻ったら、昼寝して、ホテルの敷地内の洗濯機を使って、平和記念公園で散歩しました。確かに広島の方が他の街より平和だと思います。静かな公園で歩くことで、安心できました。

Standard
旅行

日本: 第8日、第9日

第8日

今日は忙しく、楽しい1日でした。元同僚のRさんのおかげで、昔から行きたかった場所に行くことができました。具体的に言うと、「サツキとメイの家」を見に行けました。

みんな知っていると思いますが、サツキとメイは映画の「となりのトトロ」の主人公です。お母さんは病気になったら、サツキとメイはお父さんとともに田舎に引っ越して、デカい怪物のトトロに出会います。トトロと一緒に色々な冒険を楽しめます。

「サツキとメイの家」という観光地は映画に出る家の模写です。細かいポイントまでは全部が映画の家にそっくりです。家に入ると、サツキちゃんのランドセルを開けて宿題を見られます。メイちゃんの帽子、バケツ、ドングリを見つけられます。お父さんの書斎に覗いて考古学について本、または縄文時代の出土品が見えます。まるでサツキとメイは両親と一緒に出かけたはがりで、今にも戻るような感じです。もしジブリのファンであれば、この場所を見逃さない方がいいです。

サツキとメイの家を去った後、豊田自動車博物館に行って、トヨタの織機についてツアーに参加しました。その時まで、織機はそんなに面白いのを知りませんでした。一番面白かったのは、古い機械はまだ作動できることです。デモンストレーションを見ることで、どういうふうに機械が進化したのが分かりました。プラス、ツアーが終わったら博物館の織機に作られたタオルをもらいました。

次に犬山城という城に行きました。よく知られている名古屋城に比べて、犬山城は狭いですが、ツーリストから見れば大切な利点が1つあります: 再建されていません。言い換えると、ビルは模写ではなく、オリジナルです。日本にある城のうち、オリジナルなのはたった5つです。なので、犬山はかなりユニークです。

最後に、RさんとRさんのご家族と一緒にイタリア料理を食べに行って、英語を練習しました…まあ、「英語を練習した」と言っても、「poop」、「peepee」、「come on!」というレベルの会話でした。(笑)

第9日

今日、相撲の試合を見に行こうと思いましたが、入場券は売り切れてしまいました。なので、相撲の代わりに、古墳を見に行きました。

日本人のみんなはこれを知っていますが、アメリカ人の読者のために少し説明します。4世紀の前半から6世紀の前半までの時代は「古墳時代」と呼ばれています。古墳自体は力のある人が埋葬された場所です。つまり、巨大なお墓です。

もちろん、以上の写真に写る古墳は模写です。殆どの古墳は崩れています。実は、この公園にある1つの古墳は堤防の工事に巻き込まれています。

古墳の上には「ハニワ」という瀬戸物があります。古墳が発掘される時、このような物はよく見つかっています。動物形のハニワもあります。

第10日から広島に行きます。楽しみにしています!

Standard
旅行

第5日〜第7日

第5日

今日は「忍者の日」でした。ということは、江戸時代をテーマにした観光地に行きました。この観光地は「時代村」と呼ばれます。ツーリスト向きの場所でしたので、歴史的に正確なのを疑問します。それにしても楽しかったんです。

幽霊屋敷が2つありました。1つ目の幽霊屋敷のテーマは「妖怪」でした。傘化け、ろくろ首、カッパなどが現れました。

2つ目の幽霊屋敷のテーマは猫でした。正直にいうと、本当に怖かったんです!私は何回も叫んでしまいました。

「忍者ハウス」もありました。そのハウスの壁、床などが傾いたので、立ったり歩いたりするのはほぼ無理になりました。

芝居も行われました。もちろん忍者ショーがありましたが、それだけでなく、花魁ショー、コメディーショーもありました。

大変楽しい一日を過ごすことができました。時代村を出た後に、お風呂に戻って、長い時間お湯にだらだらリラックスしました。

第6日

もし私は「名古屋」というと、どのようなイメージが浮かぶでしょうか。自動車?名古屋城?特になし?確かに、ビールが浮かばないでしょうね。

それにしても、私が発見した通り、名古屋の栄エリアでドイツ風な「オクトーバーフェスト」が行われます。名古屋の中心でこのイベントに通り掛けた時に、ドイツ系アメリカ人の私は驚きました。本場のドイツのポーカーグループでもありました。を着ていた女の指示に応じて、私たちは踊ったり乾杯したりしていました。北海道から名古屋への長い便の後に、このイベントは私たちに元気付けました。

次に大須漢音というお寺を見に行きました。その辺りには、商店街がいっぱいあって、長い時間歩き回って店舗の窓に覗きました。一番好きなお店は「コメヒョウ」と呼ばれます。古着の服のお店なんですが、ユニークな売り方があります。秤で服を計って、1グラムごとに1円の費用がかかります。500円だけを出すことで、ワンピースとスカートを買うことができました!

ところで、マンダラケの支店も見つかりました。詳細をバラしたくありませんが、同人誌を2冊、小説を1冊買いました…

第7日

「名古屋に観光地がない」と言われていますが、今日は一日中、色々な観光地に行きました。まず、熱田神宮に行きました。これは非常に大切な神社です。実は、熱田神宮より大切なのは伊勢神宮しかありません。熱田神宮に住む神様は「熱田」と呼ばれます。アメリカ人の私にはとって少し分かりにくいが、熱田様は天照大神と同じだと言われています。キリスト教には、たまに「one God, three persons」(1人の神様、3人の人物)と言いますので、天照大神にも複数な人物が含まれているかもしれません。いずれにせよ、天照大神がスサノオからもらった剣 (劔)が神社の中に置かれています。剣を見られるのは天皇陛下だけです。

次に古墳を見に行きました。グーグルさんによると着いたところ、「え?古墳はどこにあるの?」と私たちが思いました。大きな坂のある公園しか何も見えませんでした。突然、その坂自体は古墳なのに気がつきました。「うわー、そんなにデカイの??」と私たちが思いました。

そこからみんなに勧められた名古屋城に行きました。城自体に入れませんでしたが、別の「本丸」と呼ばれる宮殿に入場できました。

日本にある他の城と同じように、この宮殿が1940年代に爆弾に破壊され、のちに再建されました。なので、全ては新品です。しかし、特別なスキャン技術を使うことで、研究者や職人は障子などを正確的に模写できました。

城の辺りに相撲の試合が行われましたので、力士を見に行こうと思いました。何か儀式があると私が期待したが、実際は力士さん達がただ普通な車を降りて、ゆっくりと1人ずつで会場に入りました。意外にカジュアルでした。(笑)

夜に夫の元同僚とその同僚の子供達と遊びに行きました。その子供達の1人は漢字を練習して、私は手伝うことができました。心の中に「やほー、小学校2年生より私は漢字がうまい!」と思いました。

Standard
旅行

日本: 第3日、第4日

第3日

今日、登別温泉に着きました。

登別は北海道の最大「温泉町」です。日本にある温泉のうち、登別の温泉に流れているお湯は特に効果的とされています。「なんの効果があるか」というと、登別のお湯は湿疹、アトピー性皮膚炎、精神疲労などを治せる治療法だということが主張されています。深刻な病を治せるのを私が疑問しますが、1時間お湯に入った後に、皮膚は間違いなく柔らかくなって、今まで欠けた潤いが戻りました。

温泉に入る前、私の入れているタトゥーのせいで入ってはいけないか、という懸念がありました。しかし、誰も気が付かなく、気にしなかったような気がしました。周りの日本人の気になるポイントは私の雑巾だけでした。最初に入った時、雑巾を手に持っていて、髪の毛が束ねられていませんでした。ある女の人は雑巾で髪の毛を束ね方を教えました。(実は、彼女はただ自分の頭に指をさして、「hair、hair」と言いました。)

私は体毛についても心配しました。アメリカでは、体毛を完全に脱毛するのは…普通ではないけれど、別に珍しくありません。しかし、日本ではそんなことがないと思います。有難いことに、温泉を使う外国人は私だけでなく、いっぱいいます。なので、温泉を営む人々は髪の毛、体毛(または体毛のない状態)、タトゥーなどに慣れているようです。

第4日

時差ボケのせいでまた朝早く起きてしまいました。なので、登別地獄谷に行こうかと私たちが思いました。

温泉で流れているお湯の源泉としては、地獄谷は色々な池、川、泉があります。例えば、「鉄線池」という池は谷の中心にあって、間欠的に「噴火」します。自然的な現象ですので、定期的なスケジュールがなく、噴火が見えるか見えないかは自分の運次第です。私たちは鉄線池を見た時、少しの間、噴火しそうでしたが、結局何も発生しませんでした。しかし、インターネットでこのビデオを見つけました。

鉄線池

ところで、地獄谷が「地獄谷」と呼ばれる理由は火山活動が沢山あることです。その結果、景色は本当に地獄にみえます。

周りにある森林に入って、天然な足湯にたどり着きました。水自体はそんなに熱くありませんでしたが、足を硫黄砂に突っ込むと、すごい気持ちよかったんです。

地獄谷から戻ったら、登別の「クマ牧場」に行きました。アメリカの基準でクマたちの檻はちょっと狭かったが、クマ自体は可愛くて、サケを食べさせることができました。牧場のとなりに「アイヌの村」があって、あそこで色々なアイヌに作られた道具をみて、職人に刻まれたアイヌ風な御守りを買いました。職人たちは私な日本語を我慢できましたので、彼らと少し話しました。

ホテルに戻ったら、少し勉強して、また温泉に行きました。昔から持った夢が叶いました—温泉に浮いている木製箱から日本酒を飲みました。よく楽しめた経験で、しかも箱をキープできました。

Standard
旅行

日本: 第1日、第2日

第1日

朝早くカラマズー空港から出発しました。ちっぽけな空港です。1つのカウンター、1つの安全検問所、1つのお店しかありません。そう言っても、悪いことではありません。一生に初めて、搭乗する前にのんびりできました。デトロイト空港から出発する度に、慌ててあちこちに走っていることです…

カラマズーからデトロイトへの便は普通でした。しかし、デトロイトから名古屋への便はものすごく珍しい状態でした。デカい飛行機だったけれども、ほぼ空っぽでした。私は4個の座席に体を伸ばしてぐっすり寝ることができました。こんなことは2度と発生しないと思うんですので、ちゃんと楽しまないと、と私が思いました。

名古屋にたどり着いたら、北海道への便に乗り継ごうとしたけれど、航空会社のカウンターにあるコンピューターで搭乗券を印刷できませんでした。パニックするところを、従業員が説明をしに来てくれました。

「お荷物はどこにありますか?」と彼女が聞きました。

「えっと~、北海道まで送られたじゃないか?」と私が返事しました。

そんなことない、と言われました。アメリカと違って、日本へ入国する時、先に着く空港で荷物を取らないといけません。(理由が分かりませんけれど。) 荷物ターンテーブルに戻って来て、不満そうな顔をしていた男から荷物を取りました。その男の腹立ちの気持ちを感じられたような気がしました。

名古屋から北海道への便も普通でした。カラマズーから北海道まで行くのに合わせて24時間がかかりました。

ホテルにチェックインした後、敷地内レストランで食べました。意外におしゃれな場所だったと思いました。しかし、レストランのテレビで放送された番組は長い宣伝でした。具体的に言うと、枕について宣伝でした。

「この枕なしに生きられない」と宣伝に出た男が言いました。「この枕は私の宝物だ。一番宝物だ。」

時差ボケのせいだったかもしれないけれど、私は夫のために宣伝を通訳したところ、私たちは笑わずにいられませんでした。

「どんなに枕が好きなのか、この奴??」と夫が聞きました。

ところで、枕の金額は1万5千円でした。

第2日

今日は忙しい1日でした。

札幌の赤煉瓦、時計台、大学、または小樽に行きました。その上に、札幌の有名な夜景を見るために、もいわ山のてっぺんまでケーブルカーを乗りました。

時計台で、ボランティアが私たちに近寄って、「英語のツアーをしてあげましょうか?」と聞きました。

「日本語でもいい」と言おうかと思いましたが、ボランティアの表情から判断すると、私たちを手伝うことで英語を練習したかったのが分かりました。それに気が付いたら、感謝して、彼女と英語ばかり話しました。

後で小樽に行った時、夫は魚を食っているクマの木像を買いました。確かにそのクマは彼の宝物だ。一番宝物だ。

Standard
精神病, 性的少数者

小説:アップデート

2ヶ月前に発注した3つの小説を全部読んでいます。母語話者に比べて、私の方が確かに遅いんですが、結局読み切りました。自慢じゃないが、日本語の小説を最初から最後まで読むのは始めてでした。(普通に新聞、インターネットの記事を読んでいます。)

もうすでに「神様」という小説について投稿しました。その本を読んだ後、「キッチン」といつ小説を読みかけました。この本には、主人公は貴重なお祖母さんをなくして、お祖母さんの友達とその友達のお母さんと同居し始めます。友達はすぐに恋愛対象になります。でもそれよりも興味深いことに、友達のお母さんはトランスジェンダーです。私はロマンスにあまり興味を持っていませんので、一番好きなキャラクターはお母さんでした。残念ながら、そのお母さんは第2部分に殺されました。そのポイントからロマンス・ストリーが続いて、ある程度面白かったんですが、お母さんが殺されなければよかった、と私が思わずにいられませんでした。

次に「キラキラ光り」という小説を読みました。意図的ではありませんでしたが、私が選んだ3つの本のうちに、2つはLGBTに関係がありました。「キッチン」にトランスジェンダーのお母さんが現れて、「キラキラ光り」に同性愛者な主人公が出ました。自分の親を嬉しくするために、この主人公は女(他の主人公)と結婚しまいます。それ一方、女は同性愛者の婿と結婚する理由は、心理学者に「結婚すると精神病はすぐ治る」と言われたことです。実際は、御主人は非常に優しい人なので、奥さんは彼に惚れてしまって、自分の気持ちを忘れるためにアルコールをガブガブ飲んでしまいます。面白いことに、奥さんは御主人の恋人と仲良くします。その結果、結局3人として関係を続けようとします。ハッピーエンドなんですが、少し楽観的すぎるじゃないか、とわたしが思いました。それにしても、この小説は気に入りました。キャラクターの気持ちがよく分かるような気がしました。

次に読む本は村上春樹の「アンダーグラウンド」です。先に読んだ本と違って、ノンフィクションです。フィクションの本に比べて、より楽でしょうか?それとも、より難しいでしょうか?読まずに分かりませんね。読み切り次第、自分の感想を投稿します。

Standard
悩み, 日本語, 仕事 

「お水」の事件

外国語を話そうとする人は否応なしに恥ずかしい目に遭います。私は例外ではありません。

数ヶ月前に、会社の朝会で通訳していました。これは通常の活動です。実際は、毎朝、通訳家は会議で通訳します。その日、保全部の従業員は水道管の工事について話していました。

「少しの間、流しから水を取れなくなります」と彼が言いました。「しかし、成型部の機械は別のタンクから水を取り組むので、生産に影響を及ぼしません。」

(もちろん、上記は全て英語で伝わりました。)

私はいい印象を与えたかったので、丁寧な日本語を使おうと思いました。なので、「水」の前に「お」を付けました。私の認識では、「お」を付けることで、よりきれいで丁寧な日本語にします。しかし、私の訛りのせいで、「o-mi-zu」ではなく、「o-MI-zu」と言ってしまいました。その時に知らなかったのは、「o-MI-zu」というと「水商売」という意味になってしまうことです。

実は、私は「水商売」は何なのかちょっとも分かりませんでした。私はいい子なので。(笑)

関係は完全に直接ではありませんが、ある程度「水商売」は「売春」という意味合いを持っているそうです。それが分からずに、変に聞こえる単語を朝会で使ってしまいました。数日後に、通訳家の99ちゃんと駐在員のゴさんが悔しい真実を説明してくれました。私は死にたかったくらい恥じてしまいました。

しかし、苦しい経験はそこで終わりませんでした。翌週、トレーニーのズさんと任天度さんと一緒に披露宴に参加したところ、その二人も私のミスについて聞いたことがあるのを発見しました。「噂が飛んでいるの??」と私が必死に思いました。「何人が聞いたことあるのか??」

良かったのは、その時から誰も「お水の事件」について話したことがありません。(少なくとも、私の聞こえる場所で話したことないけど...)でも日本語を喋りながら恥ずかしいミスをするのは、これが初めてではありません。他のミスは下記の通りです。

  1. 「時々ニンジン(人間)が分からない」
  2. 「仮装を着て中年(中世)のふりをしました」
  3. 「こういうメニューは古臭い」(これは「ミス」だったと言えないけれど、社長にこの言い方は失礼だと言われて、からかわれてしまいました。)

読者も外国語を喋るところに恥ずかしいミスをしたことがあるでしょうか?どういうミスでしたか?新しい言語を勉強すると、必ず恥ずかしいことが伴うと思います。したがって、恥じる必要はないでしょうね。:)

Standard
社会, 仕事 

アメリカの田舎

殆どの人はアメリカを考えると、浮かぶのはニューヨーク市、ロスアンゼルス市、サンフランシスコ市などでしょう。しかし、アメリカの面積の97%は「田舎」です。ご存知しますか?何よりも、アメリカは「田舎の国」です。

丸い牧舎:インディアナ州、 バロニア町

最新の国勢調査によると、アメリカの人口の6千万人は田舎に住んでおります。その中で、1.3千万人は子供です。都市に住む子供に比べて、田舎に住む子供は家庭の収入が低いのに、貧困率も低いんです。田舎の物価の方が低いからです。

都市と違うポイントは物価だけでなく、仕事も違います。都市に住む人にとっては、仕事の「TOP 3」は以下の通りです。

1.工事
2. エンジニアリング
3.コミュニケーション

田舎に住む人にとっては、仕事の「TOP 3」は以下の通りです。

1.医療
2.農業
3.製造

価値観も都市と違います。都市の住民より、田舎の住民の方が宗教、伝統および個人的な自由を強調します。コミュニティの生活は教会の周りを回転して、政府による干渉が嫌がられております。

私がよく訪れる田舎のエリアは「バロニア町」と言います。母はバロニア 町で生まれ育って、祖父母、叔母さん、叔父さん、いとこたちはまだあそこに住んでおります。実際は、殆どの親戚は祖父母と同じ道路に住んでおります。バロニア 町から引っ越したのは母だけです。

バロニア町、1890年

子供の頃、価値観は親戚のと違いますので、バロニア町 に住む親戚とあまりうまくいっていませんでした。しかし、その時から仲がもっと良くなっております。親戚は私と何を話すべきなのか分からないような気がして、私の生活や趣味をあまり理解できないと思います。でも私に向かって優しいのです。特に祖父母と仲良くします。

バロニア 町 の100周年記念日

前回バロニア町に行った時、訪問の目的は祖父母の60周年結婚記念日を祝うことでした。その時、私の一番好きな田舎の特徴を体験できました:猫。特に春の頃、田舎に猫がいっぱいいます。

読者たちはアメリカの田舎に訪れたことがありますか?どう思いましたか?好奇心が強いのです。

Standard
アニメ・漫画, 旅行

日本旅行(+本)

Facebookでこれについて投稿していますが、7月に日本に行く予定です。日本へ旅行するのは4回目で、今回、前に行ったことのない場所に行くつもりです。例えば、私は一回北海道に行ったことがあるのに、夫は行ったことがなくて、北海道のラーメンを食べてみたいと伝えました。なので、最初の旅先は北海道です。

私が北海道に行った時、「特別研修」という出張旅行でした。その時、日本語が全然分からなくて、社長などが発表した演説を全然理解できませんでした。しかも、アルコールを沢山飲むのは初めてで、社長の表情などを何回笑ってしまいました。楽しい週末でした。

北海道にいることをきっかけにして、登別温泉町に行くつもりです。私の認識では、温泉は「年寄の好きな所」という評判を持っています。しかし、私も温泉が大好きです。前回日本に行った時、草津温泉に行って、一番楽しんだ旅先でした。今回、浴衣を着たり色々なお風呂を楽しみたいのです。また、温泉の中にリラックスしながら、トレイに置かれていて水に浮いている日本酒を飲みたいのです。(笑)

私たちは滝本館に泊まります。滝本間の盛る料理は非常に美味しいようです。実際は、ホームページでメニューを読んだところ、泣きそうくらい美味しく感じました。

北海道を去ったら、初めて名古屋に行く予定です。元同僚(Rさん)に会って、会社の親工場を見学しようと思います。私は名古屋にあまり詳しくないので、名古屋に住んだことある方からアドバイスをいただけば有難いです。

ずっと昔広島に住みましたので、もちろん広島に行くつもりです。居酒屋など飲酒したり貴重な友達と話したりして、懐かしい場所に戻ります。私はどこに行っても、いつまでも広島は心の中にあります。東京に比べて、人はフレンドリーだし、ペースは遅いし、文化はユニークだと私が思います。

最後に東京に行きます。いつもと同じように、オタクの私たちは秋葉原に泊まる予定です。半年ほど前に、デトロイトに来たアイドル・ツアーガイドのために通訳しましたので、そのガイド(エミちゃん)に特別のツアーを行ってもらい、秋葉原の特別な場所を紹介してもらいます。エミちゃんは「Akibaland Tours」という会社で務めています。ホームページはこのリンク先で見えます: https://akibaland-tours.jimdo.com/english/

右側はエミちゃんです。可愛いでしょう?

また、同僚の99ちゃんの両親とご食事します。99ちゃんの母親はもうベジタリアンのレストランを調べてくれています。楽しみにしております!

これは旅行に関係がありませんが、上川さんの「神様」を読み切りました。この本のうちに、一番好きな短い小説は「星の光は昔の光」と「離さない」でした。前者は寂しい子と女の友情にフォカスし、悲喜こもごもの心境を引き起こしました。正直にいうと、読みながら私は泣きそうでした。後者はホラーみたいな感じでした…人魚は見つかり、その人魚に出会う人は一人ずつ夢中になってしまいます。

今、吉本ばななの「キッチン」を読んでおります。読んで切ったら、自分の感想について投稿します。

Standard
イベント, 社会

奇妙なデトロイト

「私はデトロイトに住んでる」と言われると、どのようなイメージを浮かべるでしょうか。自動車?貧困?それとも犯罪?私は先週末に「奇妙なデトロイト」というツアーに参加しましたので、習ったことについて書きたいのです。

多くの人が知らないことに、デトロイトは大きいです。実は、サンフランシスコとマンハッタンは同時に中に入ることができるほどデトロイトがデカいんです。サイズ的に比べると…

マンハッタン:22.7平方マイル
サンフランシスコ:46.87平方マイル
デトロイト:142.9平方マイル

デトロイトの信じがたい大きさが見えます。

なぜデトロイトにそんなにデカいというと、奴隷制度に関係があります。19世紀の南北戦争が終わったら、奴隷制度が禁じられることになりました。多くの解放された奴隷は北の州に引っ越して、デトロイトが含まれ北の町に働き始めました。20世紀の前半には、ヘンリーフォードは最初の自動車工場を建てて、前より多い人はデトロイトに移動しました。その時代には、デトロイトの境は絶えずに拡張していて、人口は爆発ように上がっていました。新しい住民のために家を建てるように、デトロイト市は色々な小さい村を併合しました。その時、デトロイトの繁栄は止むのを誰も想像できなかったでしょう。

しかし、みんなが知っている通、結局止みました。1960年代の人種暴動のせいで、デトロイトは半分破壊され、人口が速く落下しまいました。今でも廃墟のビルはいっぱいあります。前に繁栄した近所は廃村となってしまっています。

その結果、土地は非常に安くなっています。数年前に、美術家の大学生は500ドルを払ってLincoln Streetというエリアの周りの土地を買いました。その土地で、「Lincoln Street Art Park」を設置しました。

Art Parkで像などを立てています。また、月に1回パーティーが行われ、収益が慈善組織へ寄付されています。

Art Parkのおかげで、このエリアはある程度回復しています。しかし、「Delray」という近所は回復していなくて、逆に悪化しています。ある会社はDelrayからカナダへの橋を建てますので、土地収用が発生しまっていて、住民は引っ越さなければなりません。その結果、空き家が多くて、現地企業は生き残れません。その企業の一つのは「Carbon Athletic Club」というパブです。

外側から見れば、確かに廃墟のビルに見えます。しかし、周りのDelrayが死んでいるところを、このパブは客さんにアルコールを盛り続けています。Carbon Athletic Clubで飲むのに、メンバーにならなければなりません。元々、メンバーが2,3千人いましたが、今Delrayの人口は600人だけです。将来に、パブはどうなるでしょうか。誰も予想できません。

ツアー・グループは他のパブにも行きました。このパブはデトロイトではなく、Hamtramckという町にあります。Hamtramckと隣のHighland Parkは自治区なのに、完全にデトロイトの中にあります。

HamtramckとHighland Park

アメリカ中には、こんなコミュニティはHamtramckとHighland Parkしかありません。この町に行くのに、デトロイトを渡らなければなりません。(ところで、デトロイトでHamtramckは「paczki」という美味しいドーナツに有名です。)

ツアーグループが行ったパブは「Outer Limits Lounge」と言います。敷地の半分はHamtramckにあり、半分はデトロイトにあります。また、ビルの裏に結婚会堂があります。この会堂の元々の目的は同性結婚式を行うことでした。

このパブで行われるのは結婚式だけでなく、ライブです。現地のロックバンドはOuter Limitsで演奏していて、現地の住民は聴きに来ています。私がいた時に「The Flipsters」というバンドは演奏していました。スタイルは「ロカビリー」でした。

この投稿を読むことで、デトロイトについて意見が変わりましたか。より多い人はデトロイトに来たら私は嬉しいのです。

Standard