
アメリカの外には「コロンブス記念日」という祭りがあまりよく知れらていないような気がします。これは驚くには当たりませんー別にエキサイティングな祝日ではありません。コロンブス記念日に関係のあるパーティー、踊り、特別な料理などが全くありません。銀行、また政府の施設が閉館しますが、他の職場で働く従業員がいつも通り働かなくてはいけません。ある面では、コロンブス記念日は意味がないと言えるかもしれません。
それなのに、アメリカでコロンブス記念日が論争を招く祭りになっています。それはなぜでしょうか。

まず、コロンブスは誰だったのか説明したいと思います。コロンブス(姓名:クリストファーコロンブス)は15世紀にイタリアに生まれました。(厳密に言うと「ジェノア」という国に生まれましたが、その時からその国がイタリアのものになっています。) 1492年には、コロンブスが北米へ行こうと思って、スペインのイザベラ女王から必要な資本を取れました。長い航海の後に、西インド諸島に着きました。イザベラ女王からコロンブスがその国の知事に任命されました。数世紀後に、コロンブスが「アメリカを発見した人」と考えられはじめました。
現代、コロンブスに反対である人々が主に3つの異議を唱えます。
1) アメリカを発見した人はコロンブスではない
コロンブスが北米に着いたら、数十世紀前からあそこに住んでいた人々がいました。このネティブアメリカンたち(厳密に言うと「ネティブ西インド諸島人たち」)の先祖は氷河時代にべーリング陸続きを渡って北米に来た人々でした。なのでアメリカを発見したのはコロンブスではなく、ネティブアメリカンたちじゃないかと思う人が多いです。

しかも、先に説明した通り、コロンブスが着陸した場所はアメリカではなく、西インド諸島でした。最初にコロンブスは間違った場所に到着しているのが分かりませんでしたが、最終的にどうにか知らせられました。
2) 最先北米に来たヨーロッパ人はコロンブスではない
ある程度コロンブスの支持者はコロンブスがアメリカを発見しなかったのを認めますが、それなのにコロンブスが「最先北米に来たヨーロッパ人」と呼ばれています。この主張も正しくありません。

11世紀にバイキングがカナダのニューファンドランド州に着いて、村を作りました。現在でもその村をL’Anse aux Meadowsという場所で見られます。

ネティブアメリカンとの紛争によって、バイキングは早く北米を諦めました。いずれにせよ、最先北米に来たヨーロッパ人はコロンブスではなく、バイキングだったらしいです。
3) コロンブスは先住民族に向かう行動はひどかったです
知事としてコロンブスは優しいリーダーではありませんでした。先住民を殺害、暴行、窃盗することを賛成したり励めしたりしました。しかも、強制して先住民を奴隷にしました。

コロンブスに反対である人々の間には、これは一番大切な異議です。殺人者に祭りで敬意を払わない方がいいとよく言われています。最近、コロンブス記念日の代わりに、「先住民族記念日」を祝う州があります。

読書さんの国には、論争を招く祭りがありますか?



































毎週の土曜日、通訳家向けのクラスをうけております。昨日のクラスに興味深い話がでました。日本には、「年頃の娘は父親の匂いが嫌いだ」とよく言われているようです。













