「私はデトロイトに住んでる」と言われると、どのようなイメージを浮かべるでしょうか。自動車?貧困?それとも犯罪?私は先週末に「奇妙なデトロイト」というツアーに参加しましたので、習ったことについて書きたいのです。

多くの人が知らないことに、デトロイトは大きいです。実は、サンフランシスコとマンハッタンは同時に中に入ることができるほどデトロイトがデカいんです。サイズ的に比べると…
マンハッタン:22.7平方マイル
サンフランシスコ:46.87平方マイル
デトロイト:142.9平方マイル
デトロイトの信じがたい大きさが見えます。
なぜデトロイトにそんなにデカいというと、奴隷制度に関係があります。19世紀の南北戦争が終わったら、奴隷制度が禁じられることになりました。多くの解放された奴隷は北の州に引っ越して、デトロイトが含まれ北の町に働き始めました。20世紀の前半には、ヘンリーフォードは最初の自動車工場を建てて、前より多い人はデトロイトに移動しました。その時代には、デトロイトの境は絶えずに拡張していて、人口は爆発ように上がっていました。新しい住民のために家を建てるように、デトロイト市は色々な小さい村を併合しました。その時、デトロイトの繁栄は止むのを誰も想像できなかったでしょう。
しかし、みんなが知っている通、結局止みました。1960年代の人種暴動のせいで、デトロイトは半分破壊され、人口が速く落下しまいました。今でも廃墟のビルはいっぱいあります。前に繁栄した近所は廃村となってしまっています。
その結果、土地は非常に安くなっています。数年前に、美術家の大学生は500ドルを払ってLincoln Streetというエリアの周りの土地を買いました。その土地で、「Lincoln Street Art Park」を設置しました。


Art Parkで像などを立てています。また、月に1回パーティーが行われ、収益が慈善組織へ寄付されています。
Art Parkのおかげで、このエリアはある程度回復しています。しかし、「Delray」という近所は回復していなくて、逆に悪化しています。ある会社はDelrayからカナダへの橋を建てますので、土地収用が発生しまっていて、住民は引っ越さなければなりません。その結果、空き家が多くて、現地企業は生き残れません。その企業の一つのは「Carbon Athletic Club」というパブです。


外側から見れば、確かに廃墟のビルに見えます。しかし、周りのDelrayが死んでいるところを、このパブは客さんにアルコールを盛り続けています。Carbon Athletic Clubで飲むのに、メンバーにならなければなりません。元々、メンバーが2,3千人いましたが、今Delrayの人口は600人だけです。将来に、パブはどうなるでしょうか。誰も予想できません。
ツアー・グループは他のパブにも行きました。このパブはデトロイトではなく、Hamtramckという町にあります。Hamtramckと隣のHighland Parkは自治区なのに、完全にデトロイトの中にあります。

アメリカ中には、こんなコミュニティはHamtramckとHighland Parkしかありません。この町に行くのに、デトロイトを渡らなければなりません。(ところで、デトロイトでHamtramckは「paczki」という美味しいドーナツに有名です。)
ツアーグループが行ったパブは「Outer Limits Lounge」と言います。敷地の半分はHamtramckにあり、半分はデトロイトにあります。また、ビルの裏に結婚会堂があります。この会堂の元々の目的は同性結婚式を行うことでした。


このパブで行われるのは結婚式だけでなく、ライブです。現地のロックバンドはOuter Limitsで演奏していて、現地の住民は聴きに来ています。私がいた時に「The Flipsters」というバンドは演奏していました。スタイルは「ロカビリー」でした。
この投稿を読むことで、デトロイトについて意見が変わりましたか。より多い人はデトロイトに来たら私は嬉しいのです。