(このエッセイを通訳クラスのために書きました。もともと英語で書かれましたが、一部を日本語に翻訳しようとしました。)

私に向かって聞かれる質問の中で、もっとも恐ろしいのは「なぜ日本語を勉強し始めたの?」
時々、嘘をつきたいんです。「祖母は日本人だと言った方がいいかも」と私が思います。「それとも、父は兵士だから、沖縄に生まれ育ったと言った方がいいかも。確かに、事実ほど何も恥ずかしいことはない。」
しかし、今日は全てをばらします。日本語を勉強し始めた理由は、子供の頃アニメが大好きだったことです。もっともらしい理由ではありません。そういう理由を聞くと、他人は私が真面目な生徒だと思わないでしょう。でも事実です。隠さない方がいいかもしれません。
結局、アニメと漫画を通じて日本に興味を持つことになったアメリカ人については、私は一人目ではないでしょう。アメリカのファンコミュニティは最初に小さかったのに、大きなサブカルチャーになっています。2009年には、アメリカ人(主に若者)は日本からのアニメがらみ輸入を買うように27億ドルを払いました。「 千と千尋の神隠し」や「君の名は」のような映画がよくアメリカの映画館に公開されています。インターネットで、アメリカ人ティーンエージャーは日常会話に「可愛い」、「バカ」、「先輩」のような日本語の表現を使っています。2015年には、アメリカ人政治家は来日し、アニメと漫画に対して日本に感謝しました。その政治家はバラク・オバマ大統領でした。
では、アニメはアメリカのポップカルチャーの部分として求められています。その場合には、なぜ私はまだ恥ずかしいでしょうか。理由は、アニメは最初に認められませんでした。1990年代には、私は子供の頃、アニメは少しだけ人気を集め始めていました。「ポケモン」はほぼ毎日アメリカのテレビで放送され、Cartoon Networkというチャネルは「セーラームーン」、「ドラゴンボールZ」、「ガンダム」などを公開しました。その時、アメリカには、アニメーションは子供のみのエンターテインメントに視されていました。しかし、アメリカのアニメーションよりアニメの方は暴力と性的な内容が出ていますので、大分ネガティブな評判を持っていました。アニメは子供たちの精神を破壊するのを信じたアメリカ人の大人が少なくありませんでした。しかも、アニメに興味があるティーンエージャーは子供っぽい、嫌らしい、それともその両方に視されていました。
有難いことに、子供の頃から、アニメと漫画に関する意見が変わっています。アニメの影響で、アメリカ人はアニメショーンが子供のみのエンターテインメントに視していません。この15年に渡って、新しいアメリカ人アニメーター時代はティーンエージャーと大人向きアニメーションを作っています。日本のアニメと同じように、この番組は大人向けの内容や複雑なストーリーが出ています。モダンな子供向けアニメーション番組(「Teen Titans」、「Avatar the Last Airbender」、「Steven Universe」、など)にでも、アニメの影響は明白です。その番組の創造者は「いつもアニメが大好きでした」と認めています。
いつか、私は自分の「アニメ好き」性格を認めればいいでしょう。





