超常現象, 日本語

読書

最近、日本の小説を読もうとしております。

このタイミングで読み始める理由は別にありません。正直にいうと、読解、聴解、スピーキングの中では、読解の方が一番上手です。この立場から見れば、読書を練習する必要が特にないかもしれません。しかし、習った語彙や文法は頭から落ちないために、読書は価値があると思っております。しかも、読書が大好きなものです。

先週、「オズの魔法使い」を読み切ったんです。この本を買ったのは高校の頃でしたが、その時、読むのに私のレベルは足りませんでした。しかし、今の私にとって、この本は比較的シンプルで、読みやすかったんです。実は、子供の頃「オズの魔法使い」は私の一番好きな映画だったのに、今まで原作を読んだことがありませんでした。まだ英語で読んだことがありません。(笑)

「オズの魔法使い」を読み切ると、大人向けの本を読み始めております。インターネットで「母語話者ではない人でも読める本」を調べ、役に立つリストを見つけました。上の写真に写っている3冊の本を買って、まず「神様」を読んでおります。読み始めた前に、どんな本なのかちっとも知りませんでした。ずっと昔、作家の川上弘美さんの短い小説の一つを読んだのに、他の作品は同じようなストーリーなのかどうか分かりませんでした。

少し読むと、ある程度テーマや雰囲気は同様なのが分かっております。川上さんは命、死亡、および超自然的な出来事を中心として、この世の中を理解しようとしているような気がします。一般的なジャンルは「 マジックリアリズム」です。

「キッチン」と「きらきらひかる」をまだ読んでおりませんが、両方はLGBTに関係があるようです。わざとLGBTの本を選んだ訳ではありませんが、面白そうです。読み切ったら、ブログでその本について投稿いたします。

みんなさん、「母語話者ではない人でも読める本 」をお勧めいただけますか?

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社会, Uncategorized

タトゥーについてどう思いますか?

大勢のアメリカ人と同じ、私はタトゥー(入れ墨)があります。

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実は、3つがあります。足に1つ、片方の腕ずつに1つが描かれております。この頃、こんなことは別に珍しくありません。タトゥーのあるアメリカ人は国の人口の21%です。最近まで何かスティグマがありましたが、社会的な意見がだんだん変わってきております。

1970年代まで、タトゥーを受けているアメリカ人の多くは海兵でした。船であちらこちらに旅行しながら、この海兵は豊な「タトゥー歴史)のある文化(ポリネシアなど)に出会いました。自分の旅を思い出すために、タトゥーを記録として描いてもらうようにしました。その時代には、タトゥーが描かれた人を見ると、「あの人は間違いなく海兵だ」と思うアメリカ人は多かったんです。

しかし、1970年代から、あの考え方は変わりました。その年代は「パンク」というサブカルチャーが生まれてきました。若者を中心としたパンクの人もタトゥーが気に入って、自分の個人性を表すようにたくさんのタトゥーを描いてもらいました。そこから、タトゥーは着々とメインストリームに入ってきました。

かつて、タトゥーのある人は絶対に仕事を見つけられないという考え方が流行っていましたが、この頃そういう観点を抱いている雇用主の数が減っております。タトゥーは才能、道徳、働き方に関係がないという認識が広がっていて、タトゥーのある人々は事務所、学校、役所などで働けることになっております。

タトゥーを描いてもらう理由については、本人によって違っております。パンクの若者と同じように、個人性を表したい人がいます。タトゥーで貴重な経験、もしくは人を記念したい人もいます。また、タトゥーは「カッコいい」だから受けたい人もいます。

実際をいうと、私は2つ目も3つ目の区別に入っているでしょう。最初のタトゥー(足にあるドラゴン)は、J.R.R. Tolkienの小説が大好きなので描いてもらいました。2回目のタトゥー(鶴)の目的は、広島に住んだ時を記念することでした。また、亡くなってしまった大切な弟の記憶を保つために、最新のタトゥー(弟のサイン)を受けました。

 タトゥーを受ける理由は、タトゥーを受ける人ほど様々です。

読者たち、タトゥーについてどう思いますか?

 

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精神病

睡眠時夢遊病

高校の頃、一回変な夢を見ました。

半年ほど前に死んだ内のテンジクネズミはゾンビとして蘇って、あちこち走っていました。 まず、テンジクネズミ は私のシーツの下に隠れましたので、私はシーツを外しました。しかし、 テンジクネズミは重なっていた縫いぐるみへ逃げてしまって、私は縫いぐるみを掴んで、所々に投げました。 どんなに掴もうとしても、 テンジクネズミを捕まえることができませんでした。 突然、眠たくなってしまって、うつ伏せに倒れました。

朝に起きたら、上半身はベッドにあって下半身は床にある状態で横になっていたのを発見しました。シーツは半分外れていました。縫いぐるみはあちこち散らかっていました。前夜の夢のせいで、寝室を壊してしまったのが分かりました。なぜなら、睡眠時夢遊病は起こっていました。

子供の頃、睡眠時夢遊病を何回か経験していたのに、ティーンエージャーになってからこんな発作が起こっていませんでした。但し、数日ほど前、眠剤を飲み始めていました。睡眠を促すことにかけて、非常に効果的でした。でも睡眠時夢遊病も促したみたいです。

私だけでなく、同じ薬を飲んでいて同じ経験があった人は多かったんです。薬の名前は「Ambien」です。この名前をグーグルすると、寝ながら運転、寝ながら炊事、寝ながら話などについてストーリーはたくさん見つかるでしょう。私の場合、起きてすぐに睡眠時夢遊病は起こっていたのが分かりましたが、証拠が見逃されたケースも多いです。寝ながらおやつを食べた人の場合、体重は不思議に上がってきたまで何も分からなかった人は少なくありませんでした。

その後に、睡眠時夢遊病は何回か再発しまいました。おまけに、幻覚も経験しました。例えば、もう少しで眠る状態でベッドに横になっていたところ、枕は自分で曲がったり捻ったりしてきました。私は何も言わずに観察し続けて、枕はライオンに変身しました。別に怖くありませんでしたが、頭でライオンをつぶすのは悪いと思いましたので、枕なしに寝ようと決めました。

Ambienを辞めてからおよそ10年が経っています。近ごろ、アメリカの薬は危険ほど強いと思う外国人にたくさん出会ったことがあります。私がAmbienを飲んでいた時代を考えれば、その人の意見は正しくないと言えません。

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日本語

日本語が大好きである理由

私の投稿を見れば分かるかもしれませんが、私は外国語を習う才能が別にありません。N2を合格いたしましたが、それは先生のおかげや幸運の結果に他なりません。実際は、日本語を習うことにつきまして、上達のペースは意外に遅くて、今でも私の日本語はミスだらけです。そうならば、なぜ日本語を勉強し続けるでしょうか。

簡単に言うと、理由は「日本語が素敵」なのです。

正直、日本語が大好きです。諦める気が出ても辞めないほど大好きで、その愛を持っているだからこそ、ここまで続けることができました。なぜ日本語はこんなに素晴らしいと思うのを母語話者に説明しにくいかもしれませんが、やってみようと思います。

1)響きがいい。アメリカ人の耳で聞けば、日本語は音楽のようなリズムがあります。強調音節は英語ほどありませんし、何か滑らかな音色です。

2)ニュアンスが多い。英語でこの特徴は「double-edged sword」(両刃の剣)だと言われるかもしれません…面白いけど難しいからです。もちろん英語にもニュアンスが入っておりますが、日本語は違うレベルです。しかも、英語に直接翻訳できない表現も多いです。それで、日本語でしゃべる時、私として別の次元に入って、別の「私」になることを感じております。「英語でしゃべるくりちゃん」と「日本語でしゃべるくりちゃん」は別人です。

3)擬音語と擬態語は楽しい。先日、同僚さんは新しい家具を発注することについて話していました。「今持っている家具はボロボロだ」と言って、私は「え?ボロボロ?」とお返事するしかありませんでした。擬音語と擬態語をたくさん使うことにかけては、日本語は世界一番でしょう。正直、擬音語と擬態語は私の弱点の一つですが、楽しいので習う気がよく出ます。

4)書記体系はユニーク。アメリカ人の多くは、最初に日本語は三つの書記体系があるのを習うと、ショックしてしまっています。「マジ!?」とこの人が言います。「それは難しすぎないか??」最近まで、私もそう思いました。長い間、日本語をちょっとしゃべったのに、全然読めませんでした。しかし、漢字を少しだけマスターしてから、私は日本語の書記体系を楽しんでおります。漢字は音だけではなく、意味も示します。ですので、私は日本語を読むと、ある言葉を全然見たことがなくても、意味を想像できます。英語を読むとそんなことをできないのはいうまでもありません。その上に、常用漢字がありますのに、珍しくてあまり使われていない漢字もあります。その面では、アメリカ人の私にとって、日本語の書記体制は解きたい謎みたいです。

追加の理由もありますが、この投稿はもう長いので、ここで止まった方がいいと思っております。読者さん、日本語を勉強するのにつきまして、一番好きなポイントはどちらでしょうか。それとも、英語の一番興味深い特徴は何だと思いますか。

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社会

結婚はやる甲斐があるの?

元々、私は結婚するつもりではありませんでした。

理由はロマンスに興味をもっていなかったからではなく、結婚の目的が全然分からなかったからでした。「意味はあるの?」と私が思いました。「ただ面倒くさくないか?」

ボイフレンドとの関係はよかったのに…もう同居していたのに…それにしても結婚を次のステップと考えるのは難しかったんです。もう家計、家庭用品、人生などは共通でした。結婚するのは本当に何かを変えるか分かりませんでした。しかし、26歳になった時に、母の保険を使えなくなってしまいました。それで、ボイフレンドの保険を使うために、結局結婚するしかありませんでした。(これは本当にアメリカらしい話だと思っております。)

夫と結婚するのを全然後悔する訳がありません。但し、彼の保険を取る必要がなかったなら、結婚するでしょうか。多分しないと思っております。

婚姻に対して両面価値を感じるアメリカ人は私だけではありません。まず第一に、過去に比べて、現在のアメリカ人は結婚するのに遅くまで待っております。1970年代には、平均の結婚年齢は23歳(男性)と21歳(女性)でした。現在の常識から見れば、それはバカに若そうですが、その時代に普通と考えられておりました。2017年までに、結婚年齢は29.5歳(男性)と27.4歳(女子)に上がってきていました。その基準で、私は実際に少し早く結婚しました!

年齢よりも、経済的な考慮は結婚率に大きな影響を与えております。過去、「First comes love, then comes marriage」(まずは愛、次は結婚)という歌詞が出る子供の歌がよく歌われておりましたが、この頃「愛」は十分ではないみたいです。今の状態では、まずは大学、次は給料の高い仕事、3番目は家、4番目は結婚です。アメリカ人はいい仕事、いい家などを見つけることができなければ、結婚しない可能性があります。しかも、収入差のせいで、仕事や家を見つけられないアメリカ人は少なくありません。結婚は「ラグジュアリーの物」になっている恐れがあります。

その上に、経済は弱いので、配偶者を支えられる人を見つけたいのは女性だけではなく、男性もです。その結果として、お金持ち人は他のお金持ち人と結婚して、もっと貧乏な人は結婚しません。一般的に、「結婚できる」人になるのに、条件は年々厳しくなっております。ですので、結婚の代わりに、同居を選んでいる人の人数がどんどん上がってきております。外国での状況は違うかもしれませんが、少なくともアメリカでは結婚せずに子供を産んだり育てたりしている人の人数も上がってきております。

もっと基本的に言うと、結婚は高いんです。結婚式は高いんです。新婚旅行は高いんです。大勢な人にとって、デメリットはメリットを上回っております。私の場合、もうボイフレンドと住んだり人生を共通したりしておりましたので、結婚するのに多額のお金を払うのは意味がありませんでした。結婚式の代わりに、そのお金を学生ローンに費やした方がいいと思っておりました。今でもそう思っております…

大切なしきたりとして、結婚は完全に消える訳がありません。
(正直、結婚が消えても、私としてはあまり気にしないけど…) しかし、結婚を「古臭い」と考えている若者は多いです。このトレンドが続けば、どうなるでしょうか。良くも悪くも、将来の社会は確かに現在のと違います。

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社会

アメリカは本当に第一世界の国ですか

一見したところ、上記のご質問は少し「stupid」みたいかもしれません。アメリカは世界中、先進国と思われておりますでしょう。それだけではなく、世界の国の中では、アメリカは「リーダー」と考えられております。そうならば、アメリカは第一世界の国ではないとどう言えるでしょうか。

まず、第一、第二、第三世界の理論を少し説明した方がいいと思っております。元の定義で、この三つの世界は以下の通りに分けられました。

第一世界:アメリカ、西ヨーロッパおよびその国の味方。この区別が作られた時は第二次世界大戦の時代でしたので、簡単に言うと「第一世界」は「連合軍」でした。

第二世界:この頃、「第二世界」はあまり使われていない表現になっていますが、もともと「共産主義の国」に触れました。

第三世界:アメリカの味方ではなくて、共産主義の国ではなくて、また貧乏な国であれば、「第三世界の国」に視されておりました。現在、「発展途上国」と呼ばれております。

ご覧の通り、「アメリカ」は元の定義に直接に入っておりましたので、その面でアメリカは第一世界なのは当たり前です。しかし、長年にわたって、「第一世界」の定義は少し変わっております。この頃、「第一世界」の条件は以下の通りです。

  1. 民主的
  2. 資本主義的
  3. 安定な経済
  4. 高い生活水準

今の時代には、アメリカは本当にこの条件を満たしておりますか。「満たしてない」と答える人は少なくないでしょう。凡人が持っている力(政治的な力、経済的な力、個人的な力、など)とお金持ち人が持っている力を比較すると、差異は大きいのを見えます。確かに、最近はアメリカの政治は民主政治より寡頭政治みたいです。最もお金持ちの1%の収入は最も貧乏な50%の収入の81倍です。また、政治的なグループに寄付できる金額の制限が廃されましたので、億万長者は好きに何億ドルを政治家に渡すことができます。その寄付とは影響が伴うに違いないでしょう。

収入の差異のせいで、アメリカの経済は安定だと言えないでしょう。これを証拠立てるために、2008年の不況を使うことができます。ところで、経済は回復していると言われておりますのに、不況で収入の差異がもっと広くなってしまいました。他の不況はもうすぐ発生すると思う人が多いです。

アメリカの生活水準が高いかどうかについては、答えは個人によります。前の世代に比べて、私の世代の生活水準は低いです…誰も家を買っていないし、子供を育っていないし、株などに投資しておりません。理由は簡単です。私の世代はお金を持っておりません。しかも、黒人と他の少数者の方が白人より貧乏です。確かに、貧乏のあまり、時々本当に第三世界に住んでいるみたいな感じです。

「アメリカは本当に第一世界の国ですか。」正直、私はそのご質問をハッキリと答えられません。でもアメリカはそんなにアドバンスドなのを疑います。

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Uncategorized, 性的少数者

性的少数者:アメリカと日本

性的少数者の人権につきまして、非常に単純な認識を持っている人が多いと私が思っております。この認識は:「西欧はアメリカより進歩的で、アメリカはアジアより進歩的です。」これは完全に不正解ではありませんが、完全に正解ではありません。実際はより複雑で、これから少しだけ説明しようとします。

(私は専門家ではありませんので、私の説明にはミスが入る可能性があります。そうならば、お許しください。)

西欧でのLBGT権利

(ノート:「LGBT」は「Lesbian (女性同性愛者)、Gay (男性同性愛者)、Bisexual (両性愛者)、Transgender (トランスジェンダー)」の省略です。)

同性結婚を認めている25国の中では、14国はヨーロッパにあります。追加のヨーロッパの国はシビル・ユニオンを認めています。(「シビル・ユニオンでは、結婚できないのに、結婚している夫婦と同じ権利をいくつか持っています。)また、アルメニア、エストニア、リトアニアは海外で行われた同性結婚を認めています。ですので、ヨーロッパはとても「LGBTフレンドリー」と考えられています。

実は、古代ギリシア、古代ローマ、古代ケルト国には、同性愛者の関係は珍しくありませんでした。しかし、ローマの公式宗教はキリスト教になった後に、同性愛の活動を禁じる法律が出てしまいました。同性愛嫌悪がこれと伴うのは驚くことではありません。

1956年には、ドイツは同性愛の活動を合法にしました。1962年には、チェコスロバキアは同じことしました。その時から、ヨーロッパの国は少しずつ同性愛者の権利を認めて、2011年から同性結婚を認め始めました。それにしても、合法になったからといって、社会に認められたとは限りません。残念ながら、LBGT人々はまだ差別を受け続けています。

1972年には、スウェーデンは法的な性別を変えるのを認める国の最初になりました。しかも、スウェーデンはトランスジェンダー人々のために、無料な手術、無料なホルモン療法を提供し始めました。今の時点では、オーストリア、ドイツ、ハングリー、スロベニア、モルドバ、ロシア、ウクライナ、デンマーク、エストニア、アイスランド、ラトビア、ノルウェー、ギリシア、イタリア、マルタ、ポルトガル、スペイン、ベルギー、フランス、アイルランド、イギリス、 ルクセンブルク には手術を受けずに法的な性別を変えることができます。性別を変えられる他の国もありますが、手術やホルモン療法を受ける必要があります。手術を受けたくない人々がいて、療法を受けるのにお金が足りない人々もいます。ですので、こういう条件は人権侵害に視されています。

アメリカでのLGBT権利

ヨーロッパ人が北米に来た前に、LGBT人々を認めたネイティブアメリカン族がいくつかいました。その族はたまにLGBT人々を「Two-Spirit People (魂が2つある人)」を呼んでいました。残念ながら、古代ヨーロッパと同じように、キリスト教が導入された後にLGBTに対して態度が変わってしまいました。その時から、肛門性交や異性の服装を着るのが禁じられることになりました。

(どうやって人々が肛門性交をやっていたかどうかチェックしたのか分かりません。それについて考えない方がいいかもしれません…)

19世紀、20世紀に渡って、LGBTが社会にだんだん認められることになりました。しかし、法律は最近まで変わりませんでした。理由の一つは社会保守主義者でした。特に21世紀が始まった時から、社会保守主義者の政治的な力が上がり始めました。社会保守主義者の多くは新教徒で、LGBTは神様のルール違反なのを信じています。また、LGBTは「伝統的なご家族」を破壊すると言い立てました。もちろん、この頃「伝統的なご家族」はもはや存在してないと言う人が多いです。そうならば、社会保守主義者の主張は意味がありません。

とにかく、21世紀の初めに、こういう運動家は同性結婚、トランスジェンダーを禁じる法律を設置しました。また、LGBT人々が軍隊に入るのも禁止にしました。後者のルールは「Don’t Ask Don’t Tell (聞かないで、言わないで)」と呼ばれていました。

2004年には、マサチューセッツ州は同性結婚を合法にしました。その後に、州は一つずつ法律を変更して、LGBT人々の人権を守り始めました。オバマ大統領は「Don’t Ask Don’t Tell」を却下して、2015年には同性結婚が全国に認められることになりました。それにしても、アメリカでは、トランスジェンダーに対して激しい差別が続いています。自分の法的な性別を変えることができるかどうかについて、州それぞれが違っています。また、トランスジェンダーの人々はよく殺人の被害者になっています。今の時点では、トランスジェンダーについて連邦法律が何もありません。

日本でのLGBT権利

史上に、日本は男性同性愛者と異性の服装を着ている人々に対して寛大な態度を表しました。19世紀の終わりまで、サムライ、僧などの中で同性愛の活動は珍しくありませんでした。明治時代には、西洋から「同性愛は病気だ」の考え方は日本へ移って、同性愛は異常だと考えられました。

1990年には、重要な事件が起こりました。この事件は「府中青年の家事件」と呼ばれてるいます。OCCURというLGBT運動家グループは府中青年の家に泊まる予定でしたが、予約が施設に却下されました。府中青年の家によると、OCCURのメンバーが家の中でセックスする恐れがあって、家に泊まっている他の青年に悪い影響を与えます。OCCURは訴え、1994年に裁判を勝ちました。控訴がありましたが、1997年に高等裁判所は「政府は同性愛者の権利と権益を守らなければなりません」と発言しました。

2015年4月には、渋谷区は同性愛パートナーを合法にする最初の場所になりました。しかし、今は同性結婚がまだ認められていません。

日本でのトランスジェンダー歴史は比較的短いです。1988年には、有名な筆者はアメリカに行って、トランスジェンダー手術を受けました。その時、日本人の多くがトランスジェンダーについて聞くのは初めてでした。1996年には、埼玉県医科大学倫理委員会は性別違和を病気として認め、手術を含めて療法を勧めました。トランスジェンダー人々は性別違和に診断されると、法的な性別を変えることができます。しかし、このルールは20歳以上の未婚者のみに当てはまります。また、2019年には、最高裁判所は不妊手術の条件を守りました。これも運動家に人権侵害に視されています。

今後ともどうなるでしょうか。ヨーロッパ、アメリカ、日本は進歩していますが、進歩するべきポイントがまだたくさんあります。もうちょっと同じ方向に進めればいいと私が思っております。

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超常現象

幽霊

生まれた時から幽霊の大ファンでした。

なぜ私は幽霊がこんなに好きなのか、私でも分かりません。実は、幽霊の存在を本当に信じません。神様、後生、魂も信じません。しかし、幽霊はなぜか興味深いです。それだけではなく、カッコいいです。できるなら、多分幽霊と結婚します。

まぁ、そう言いますけれど、幽霊に会った時、別にロマンチックではありませんでした。高校の頃、ベッドに横になっていたところ、ベッドの前に立っている姿を見ました。弱い日差しのように非常に薄かったんです。表情や目鼻立ちをよく見えませんでした。白い影みたいな感じでした。私をじっと見ていて、ごゆっくり右左揺れていました。

そして、あっと言う間に、消えてしまいました。

背景をちょっと説明した方がいいと思っております。その時住んでいた家は築100年でした。1912年に建てられて、私が知る限り、その時からアップデートされていませんでした。家族はその家に引っ越したところ、割れていた窓と不思議なクロールスペスがありました。地下には、1つの学校用机が残られていました。また、屋根裏には、数10匹のコウモリは住んでいて、時々私の寝室の中に飛んでいました。つまり、「幽霊屋敷」という雰囲気がありました。

最初から幽霊がいたのを感じることができました。1度、コックリさんのようなゲーム(Ouija Board)を使って、霊に連絡しようとしました。成功でした。「Harry」という霊と話して、彼がどう亡くなったのを聞きました。Harryさんは酔っていて意識不明だったところ、叔母さん(「Amanda」という女)は彼の喉を締めました。それで、彼は窒息で亡くなりました。

初めてAmandaの名前を聞いてから短い間後に、初めて彼女を見てしまいました。ある夜、ベッドに横になっていたところ、誰か寝室に飛んできてベッドに座りました。前の幽霊と違って、服装や顔を見えましたが、今の時点では思い出せません。思い出すことは、霊はオレンジ色で、下分は見えないほど薄かったのです。最初に、母だと思いました。なので、「ママ」と言ってかけましたが、早く黙りました。「ママ」ではなかったのが明白でした。一つには、母はオレンジ色ではありませんでした。二つには、母の足は透明ではありませんでした。

霊は座った途端、消えました。私は怯えるあまり、居間に走っていて、ソファで寝ました。次の3ヶ月、居間で寝ていました。

高校を卒業した後に、家族は別の町に引っ越して、幽霊達に「さよなら」と言わないといけませんでした。その時から、霊を見たことがありません。ちょっと寂しいです。過去に戻るなら、走らないと思っております。その代わりに、少し幽霊と話したいんです。「なぜ私に会いに来たの?」と聞きたいんです。「悪霊ですか?私を殺すの?」

「私と結婚してもらえるの?」

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精神病

ADHDって何?

アメリカでは、ADHDは数十年ほど前から注目を引いていますが、アジアでよく知られているのかどうか分かりません。日本に住んだ時、たまに心理学専門家に会っていて、彼の棚にはADHDについて本があったのを気が付きました。しかし、 彼に有名なADHD薬の「RITALIN」について聞いた時、彼は「残念ながら日本で違法です」とお返事しました。その体験から見れば、日本でADHDがあまり認められていない可能性があると思っております。

「ADHDって何」を聞くと、不安病、鬱病などと同じ区別にあると思う人が多いかもしれません。しかし、そうではありません。ADHDは精神病ではなく、神経障害です。精神病の場合には、患者の脳にある化学製品のバランスが悪いです。その一方、神経障害の場合には、脳の構造や機能は普通と違います。ADHDのある患者の脳には、 前頭前皮質 まで送られているエネルギーが足りません。この結果、ADHDのある患者にとって、色々な日常活動は難しいです。いくつかの事例が以下に書かれております。

気を配ること
動かずにじっと座ること
相手の話を聞くこと
相手の話を覚えること
自分のスケジュールを管理すること
声の音量を管理すること
自分の衝動を抑えること

上記のリストを見ると、「ADHDは大変だね」と思うかもしれません。しかし、ADHDのある患者は障害があるのに、特別な才能も持っております。例えば、こんな人々は勇気がいっぱいあって、リスクを怖がっておりません。人前にプレゼンしないといけない時、ADHDのある人にとって別に怖くおりません。非常に革新的なアイデアをよく出していて、そのアイデアを実施するモチベーションが高いんです。普通な人に比べて、エネルギーが高くて、頑張ることが得意です。

私の会社で、ADHDのある人々がいっぱいいます。しかも、その人々は班長、係長、課長として働いております。つまり、ADHDの特徴で、いいリーダーになることができました。

興味深いことに、アメリカにADHD率は特に高いです。アメリカは「移民の国」です…ということは、 ネイティブアメリカン を除いて、みんなのアメリカ人は移民、それとも移民の子孫です。アメリカに移住するのに、勇気、衝動性、革新的な考え方が必要でしょう。その理由で、アメリカ人の中では、ADHDのある人、それともADHDのある人の子孫、がいっぱいいると思われております。

こんな風に、ADHDの特徴は役に立つでしょう。

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悩み, 仕事 

分離不安

文句を言うのがあまり好きではありませんが、今週は本当に大変でした。そこで、文句を言うしかない気がします。(笑)

丸一週間、私は一人でした。つまり、仕事には、通訳家が私しかいませんでした。普通は、こんな様子は少しストレスを引き起こすのに、大きな問題ではありません。しかし、今週は非常に忙しかったので、ものすごい奮闘になってしまいました。早朝会議がいっぱいあったし、本社との打ち合わせが行われたし、専務取締役は訪問したし...各イベントで、私は訳さないといけませんでした。通訳が好きなのに、負担は少し重すぎたと思っております。でもそれらはもっとも苦しい事情ではありませんでした。

もっとも苦しいのは、駐在員のRさんが帰国しました。Rさんにとって、そうするのはベストな気がしますが、私にとって悲しいばかりです。会社に入ってから、Rさんは私をサポートしたり励ましたり元気づけたりしています。彼は突然消えてしまった後にどうなるでしょうか、と私が思わないではいられません。今朝、数時間、泣いてしまいました。泣きそうな気持ちが徐々に無くなったのに、その後に心は空っぽみたいな感じがしました。その気持ちも消えた後に、残るのは寂しい気持ちだけでしょう。

こういう様子には、やむを得ずに自己嫌悪が出てしまいます。日本語であまりうまく説明できませんので、許してください。つまり、他人は私に向かって優しい態度を表すと、その人に「さよなら」と言うのは非常に難しくなります。依存症の種類かもしれません。今日の朝会で泣きかけた時に、めっちゃくちゃ恥ずかしかったんですが、涙が止まりませんでした。その時、「私は最悪」と思わないでいられませんでした。 私はただの泣き虫ですね…

正直、わあわあと泣きたいんです。慰められたいんです。でも無理でしょう。皆のために、笑顔しか表せません。

良くも悪くも、「さよなら」と言わないといけません。この世はつらいですね。

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